愛奴語河川考覧

つづき 胆振国 日高国 十勝国 釧路国 網走国 天鹽国 石狩国 後志国 本州 北海道難読地名研究
渡島国 アイヌ語地名 意味 由来
渡島:おしま(松前) 渡党(わたりとう)の島(なわばり)=渡島
奥末:おくすえ(松前) o kot e
(河口に 窪みの 頭)
1826年の音は”オコシュイ”である。
地図
江良町:えらまち(松前) e ram at i
(頭が 低く 群在する 所)
昔から”エラマチ”の音である。
"e”は岩のようで、海には低い岩がたくさんある。
地図
頃内:ころない(知内) kor o nay
(持つ 尻の 川)
臀部の印象の地形である。
やや”ku wor o nay(飲む 水 口の 川)”で”飲む水口”=”注ぎ口”の意味っぽい気もするが…
また”kor o nay(蕗の葉に 乗る 川)”っぽい印象もあるが…
地図
追分:おいわけ(上磯)
福山街道と鶉山道の合流=追分
江戸時代の追分の部分の鶉山道は消滅している。 地図
七重浜:ななえはま(上磯) na nay
(切れた 川)
久根別川の旧河口があったようである。
川名は江戸時代に消滅していたようである。
地図
 追分:おいわけ(函館)
大野新道と札幌街道の合流=追分
地図
 五稜郭:ごりょうかく(函館)
 四稜郭:しりょうかく
五つの稜(かど)ばった城郭=五稜郭
四つの稜(かど)ばった城郭=五稜郭
城郭である。 地図
古築島:ふるつきしま(函館) 汐止:しおどめ(函館)
海の波(汐)が止まる場所=汐止
昔の埋め立てた(築地)土地(島)=古築島
汐留とも表記された地名である。
江戸時代?の埋め立て地で、明治時代はすでに内陸のような印象である。
古築島は明治時代に消滅した地名である。
地図
 東川:ひがしかわ(函館)
 西川:にしかわ
願乗寺川の東部=東川
願乗寺川の西部=西川
ちなみに西川は消滅している。 地図
 七飯:ななえ(渡島支庁) 七重村+飯田村=七飯村 合成地名である。
東野:ひがしの(八雲)
野田オイの東=東野 ”野田生(八雲村)”と”野田追(落部村)”が居た。
ただ八雲村と落部村が合併したときに漢字表記が違いややこしいので、”野田追”を”東野”に字名改称した。
地図
奥津内:おくつない(八雲)
ポンオコツナイ
o ukot nay
(河口が つながっている 川)
昔はポン奥津内川と河口がつながっていたようだ。
地図
和類:わるい(長万部)
ポンワルイ
o a rew i pet
(河口が とても 曲がった 所の 川)
pon o a rew i pet
(小さな 河口 とても 曲がった 所の 川)
小和類川の河口で曲がっていたようである。
地図
ビウチ(長万部) pi ut i
(引っ張った 脇の 所)
池の水、紋別川の水、どちらも引っ張っている感じのする川である。
地図
紋別:もんべつ(長万部) mom pet
(漂う 川)
今はそうでもないが、昔はかなり南部に漂っていたようである。
地図
長万部:おしゃまんべ(長万部) o samam pe
(河口が 横になっている 水)
河口には砂嘴があった。
地図
静狩:しずかり(長万部) si-tu tukari
(嶺の 手前)
東部は山と崖に阻まれている。
今の静狩川ではなく、明治の静狩沢が”シズカリ”の元っぽい。
地図
胆振国 inserted by FC2 system